島津製作所資料館&がんこ高瀬川二条苑

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18日コーダイ仲間と10:30に京阪三条駅に集合し「島津製作所創業記念資料館」を見学後は前の「がんこ高瀬川二条苑」で会食。
二次会は南座近くのスナックでカラオケを楽しみ17:00に解散しました。
どちらも初めての場所で勉強と美味しい料理を楽しみました。
高瀬川沿いの木屋町を北に行きました。
佐久間象山遭難之碑が対岸にありました。
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すぐ横に大村益次郎遭難之碑があります。
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高瀬川は角倉 了以は、戦国時代から江戸時代初期にかけての京都の豪商で 私財を投じて開削した。
一之船入りが残っていますが、レプリカの船で伏見まで荷物を運んだ。
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近くに、島津創業記念資料館、1975年に創業100周年を記念して、創業者の初代島津源蔵を偲んで開設した。南棟と北棟からなり、創業初期に島津の住居・研究所として使われていた建物を保存・公開している。国の登録有形文化財。
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東京遷都、衰退の危機に木屋町周辺に産業施設が設立、仏具製造業を営んでいた、初代源蔵は舎密局に通い理科学の知識を深め島津製作所を設立。
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創業者の造像。
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現在の「丸に十の字」の社章は薩摩藩の島津家の家紋に由来するが、創業者の初代島津源蔵は京都の出身。大名の島津家とは血縁がないが、創業者の祖先である井上惣兵衛尉茂一が島津義弘から家紋と「島津」の姓を与えられた。
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二代目源蔵が受け継ぎX線装置・蓄電池(GSバッテリー)の新分野を開発。
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玄関には秋の花が。
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玄関を入ると300円の入場料でガイドさんが1時間の説明。
色々の器具・実験道具・ノーベル賞受賞者・田中恒一さんコーナー。
創業者の居間(インターネットから)
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良い勉強になりました、最後に家訓も頂きました。
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すぐ前の「がんこ高瀬川二条苑」に向かいました。
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高瀬川二条苑は角倉了以がその源流に建設した別邸跡にある日本庭園である。明治時代になって、山県有朋が当地に第二無鄰菴と称される別邸。以降は、日本銀行総裁川田小一郎らが当地に別邸。
庭園は、無鄰菴を作庭した小川治兵衛により改修された。
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庭園の一角には、江戸時代初期に小堀遠州により作られた茶庭が現存する。
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ここは、舞妓さんもお座敷にきます。
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昼の定食を頂きました。
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館内も広く、外人のお客さんが多数。
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昼食後は先斗町を南に向かい、千円でハイボールとカラオケで終了。



藤原京のコスモス鑑賞

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8日ハイキング仲間4名が大和八木駅に10時に集合し、大和三山の耳成山に
登り、公園で雨宿り昼食して藤原京跡のコスモスを観賞。
その後、お房観音により再び大和八木駅に戻るウォークを楽しみました。
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駅を出て、すぐ東の線路沿いを進みました。
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左側に橿原文化会館があります。
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30分で耳成山につきました。
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頂上迄の遊歩道の三角点。
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雨がひどくなり、下山途中の山口神社。
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素晴らしい絵馬が奉納されていました。
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参道に沿って下山。
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昼食後は近鉄・JRを越えて藤原京跡に向かいました。
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発掘調査もやっていました。
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耳成山をバックのコスモス。
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満開のコスモスは絶品でした。
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素晴らしい!
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おふさ観音に寄りましたが、バラは終わっていました。
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八木駅近くには、竹内街道の終点表示。
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近鉄で鶴橋で恒例の乾杯で終了。

葛城古道の彼岸花ハイキング

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17日、いつものハイキング仲間4名が近鉄御所駅10時に集合して
葛城古道を歩き、最終目的地は一言主神社の彼岸花でしたが、時期が早く
畑の畦には花は咲いていましたが、以前のような満開ではありませんでした!
100円コミニティバスに乗ると、温泉に行ってカラオケを楽しむ女性で満員。
北窪で下車しました。
橋本院に向かいました。
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山道の先に橋本院に到着。
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新しいお堂が出来ていました。
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本堂です。
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大師堂です。
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蓮の花が咲いていました。
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高天彦神社に向かいました。
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本殿で拝礼。
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金剛山の登り口に水車。
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ここで昼食。
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コスモスも咲き始めていました。
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次に極楽寺に向かいました。
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本堂です。
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門の上には鐘をあります。
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葛城古道を北に向かいました。
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重要文化財の中村邸。
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郵便局の古い。
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醤油屋さんの建物。
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本日の最終目的地の一言主神社。
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畑には彼岸花がチラホラでしたが!
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畦道には纏まって咲いていました。
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稲穂との対比が綺麗です。
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良い写真撮れました。
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本殿に参拝。
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イチョウの樹も古い。
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近鉄御所駅に向かい、梅田で恒例の乾杯。

東日本ボランティア交流会

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26日~28日 2泊3日で伊丹空港から空路にて仙台空港へ
バスで南三陸町のホテル観洋に2泊して町の皆様と懇親会と庁舎で
佐藤町長に義援金授与、志津川湾のクルーズ、復興地域の見学等
盛りだくさんツアーでした。
伊丹空港に9時に32名が集合しANAで仙台空港に向かいました。
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上空から昆陽池が見えました。
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1時間程で仙台空港に到着。
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空港内で昼食後、ホテル観洋のバスで南三陸に向かいました。
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途中、トイレ休憩。
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2時間程でホテル観洋に到着。
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ここで、ホテルの担当者から震災当時の状況と8年半の復興の様子の説明を受けました。
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南三陸町の紹介が画像で分かりやすい説明ありました。
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個人的な経験を含めて1時間の講座。
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震災日後3月12日の日の出。
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入浴後は、楽しい夕食。
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もちろん、カラオケタイム!皆さん芸達者?
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ホテル従業員も飛び入り参加。
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翌日、南三陸町社会福祉法人「結の里」で活動報告を聞きました。
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映像での解りやすい説明。
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皆さん熱心に聞き入っていました。
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その後、地元の50名を超える皆さまと8班に分かれて「生きがい」についての懇親会。
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各班から発表会も意義がありました。
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地元の方の発表も!
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最後に、地元の方の挨拶でこの人も佐藤さん。
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南三陸の皆さんは「来年も来てね」と見送ってくれました。
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途中さんさん商店街に向かいました。
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有名な、モアイ像。
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昼食は海鮮丼を頂きました。
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商店街は、昨年よりは人出がありました。
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近くの庁舎に向かいました。
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議会会場にも案内されました。
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佐藤町長に義援金授与式。
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タオル帽子も授与しました。
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終了後、志津川和湾クズーズを楽しみました。
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我々が泊まっているホテル観洋を海から見ました。
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ウミネコが餌をもとめて寄ってきます。
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クルージング後は地元語り部さんの案内で被災地の見学。
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戸倉公民館の電気時計は震災時間で止まっていました。
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公民館は高台にありましたが22.6m迄津波はここまできました。
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学校の運動場には多くの車が避難したが、犠牲者がでたと説明がありました。
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皆さん熱心に聞き入っていました。
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入口のアルミのモアイ像も破損していました。
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再びホテルに戻り、夕食タイム。
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皆さん楽しく、飲み過ぎました。
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カラオケに合わせて踊っています。
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パホーマンス飛び出しました!
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最後の日は仙台空港から大阪空港に戻りました。
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初めて、プロペラ機に乗りました。
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17時に到着。皆さんお疲れさまでした!

熊野古道を歩く

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9日いつものメンバー4名が動物園駅に10:30に集合しました。
今回は、大阪の暗と明を探しに熊野古道を住吉大社迄歩きました。
商店街を通抜けると飛田新地に入りました。
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飛田遊廓は、山王一帯に存在した遊廓、赤線。大正時代に築かれた日本最大級の遊廓。
現在もちょんの間が存在していました。
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「鯛よし百番」は大正時代に建てられた建物。
「百番」ここが遊郭として機能していた時代から引き継いでいるもので、最上級の遊郭を表す意味。
料亭として使用されていますが、国の登録有形文化財として登録。
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近くの釜ヶ崎三角公園に寄ると、食事の配給で多くの人が並んでいました。
端には、綺麗な花が!
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ここから、南の松虫通り向かいました。
後鳥羽天皇寵愛の白拍子松虫鈴虫姉妹が隠れ住んだ。
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この辺りで昼食し、南北朝時代の公卿,武将。北畠顕家の墓に向かいました。
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阿倍野筋を渡った所に阿倍王子神社。阿倍王子といい熊野神社の分霊社である九十九王子のひとつ。
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隣には安倍晴明神社。
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陰陽師・安倍晴明を祀る晴明生誕の伝承地。
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熊野古道を南に向かいます。
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阪堺電車に沿って南に!
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熊野古道を外れて住吉大社。
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住吉大社に到着。
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古くは古墳時代から外交上の要港の住吉津・難波津と関係して、航海の神・港の神として祀られた神社。
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本殿4棟が「住吉造」と称される古代日本の建築様式で国宝に指定。
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南海電車の住吉大社駅に光源氏が住吉大社にご参詣のレリーフ。
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ここから、南海電車で難波に行き恒例のビールで乾杯後解散。

城北公園の散策

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11日、JRおおさか東線を淡路駅から乗り「城北公園通」駅に
いつものハイキングメンバーが10:30集合城北公園の菖蒲園
に向かいました。
以前は、バスしか交通機関がなく、陸の孤島でしたが気軽に
行けるようになりました。
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駅から歩いて30分で公園に到着。
入園料200円、大阪市民65才以上は無料。
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1.3haの敷地に江戸系・伊勢系・肥後系約250品種、13、000株が
花菖蒲が満開でした。
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白の菖蒲。
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紫も良い!
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青い菖蒲
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出口には鉢植えの花菖蒲。
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紫陽花の満開でした。
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池には睡蓮!
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出口にはモニメンタル。
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近くで昼食後は、淀川の堤に沿って毛馬方面に向かいました。
赤川鉄橋に電車がとうり過ぎました。
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毛馬閘門。
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与謝蕪村の生誕地。
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昔の毛馬閘門。
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大工事で物故者碑がありました。
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ここから天神橋筋を歩き、梅田に戻りました。
16千歩、10キロのウオーキング、梅田で恒例の後解散。

郡山城散策

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25日、30度を超える炎天下の中、学校のボランティアガイドさんの
案内で8名が近鉄郡山駅に集合し郡山城等の市内散策に行きました。

郡山は金魚で有名ですが、続百名城に選ばれたお城、桜でも有名です。
城は戦国武将の筒井順慶に始まり、秀吉の弟、大納言秀長が紀伊・大和・
和泉の百万石を領し、その後は徳川譜代大名が城主後は柳澤吉保の子、
吉里が15万石で入城し明治迄続きました。
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柳澤吉里が甲斐の国から観賞に持ちこまれたことに始まる。
市役所には金魚の町の垂れ幕。
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マンホールも金魚。
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城内に入ると、秀長当時の追手門が市民の寄付で復元。
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左には追手向櫓。
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登りきった所に旧奈良県立図書館で昭和43年に移設。
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ここから、天守台の石垣。
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多彩な石材が組み合わさっています。
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「さかさ地蔵」などいろいろな石材が転用されています。
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柳沢文庫で郡山藩の記録を所蔵、続百名城のスタンプがもらえる。
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柳澤吉保ををお祀りしている、柳澤神社。
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近くに天守台。
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ここらの眺めが良いです!
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城の散策後は「季乃庄」でランチ。
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千円の刺身弁当。
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食後は「箱本十三町」の散策で、秀長は自治を自治等を十三町
に委ねた所の洞泉寺町の遊郭街に行きました。
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遊郭、旧川本邸「町家物語館」の内部を散策。
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ガイドさんの案内で3階建の内部を見学。
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大正13年に建てられ、昭和33年に廃業して借室した。
娼妓の部屋は3畳間でした。
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当時は電気もありましたが、ガス燈の名残が廊下にありました。
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近くに源九郎稲荷神社、義経が吉野に落ち延びた話!
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外堀緑地公園で郡山城の外堀を整備した公園。
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次に紺屋町の箱本館「紺屋」を見学。
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昔ながら者がありました。
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最後は、創業400年の「菊屋」和菓子を購入が16時に郡山駅で解散。

春の遠足は伏見

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学校の遠足は幕末動乱散策で38名が中書島駅に集合。
早速、寺田屋に向かいました。
何度も来ていますが、
「寺田屋騒動」は薩摩藩士急進派と、鎮撫使の薩摩藩が同士打ちする騒動。
「寺田屋事件」は坂本龍馬が伏見奉行所の捕使に囲まれたが、「お龍」機転
から脱出した事件に分けられる。
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屋内は寺田屋伊助の考証により復元された。
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見学後は酒蔵巡り「黄桜カッパカントリー」
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月桂冠大倉記念館。
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昼食後は、新政府軍の本陣になった、御香宮神社に参拝。
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東に向かいました、途中には伏見城の石垣と言われる石が!
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一時間で明治天皇伏見桃山陵。
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隣は、照憲皇太后伏見桃山東陵。
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西に戻った所に乃木神社。
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最後は「寺田屋騒動」で上意討ちされた薩摩藩九烈士の墓
の大黒寺を見学。
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以上で寺田屋騒動址を散策して解散。

馬見丘陵公園のハイキング

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14日、いつものメンバー4名が10時に近鉄五位堂駅に集合。
清楚な住宅街の4キロ「かつらぎの道」を北に進み、馬見丘陵公園の
南エリアから入場して、公園内の古墳と花を散策して北エリアを出て
近鉄池辺駅迄の散策を楽しみました。
ここは、一年中花々が楽しめ、古墳の有、良いハイキングコースです。
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駅を出て「かつらぎの道」に入りました。
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清楚な道が続きます。
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住宅街を抜けたところに大きな古墳。
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牧野史跡公園になっています。
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ここから東に向かうと南エリアに到着。
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竹取公園は上から見学。
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北に向かうとナガレ山古墳がありました。
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前方後円墳の頂上まで登れました。
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円筒埴輪が整然と並んでいます。
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近くで昼食後は、北に向かい睡蓮の池でしたが、時期が早かった!
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立派な公園館がありました。
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ここの前の花々が満開。
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下池の周りは黄菖蒲が満開。
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モニメンタルの時計!
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近くにバラ園。
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色んな種類のバラが満開。
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北口エリアに向かいました。
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ここにも多くの花々が!
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最長地点にはデトラな河合町役場。
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無人駅近鉄池辺駅から新王寺駅に向かいました。
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王寺で恒例の
JRで大坂に向かい高槻方面に向かいましたが、新大阪で電車は事故でストップ。
吹田駅で阪急電車に乗れ替えサンザン目に合いました。

カタクリの花を観に小塩山へ

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13日、学校のハイキング仲間5名が9時に阪急東向日町
に集合。バスで南春日町に向かいますが、天気もも最高で
50名以上のハイカーで、臨時バスが出ました。
全ての、ハイカーの目的は「カタクリの花」です。
南春日町のバスを降りて、大原野神社に向かいました。
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大原野神社に寄り道。
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境内の枝垂れ桜が満開。
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「千眼桜」と命名されていました。
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シャクナゲも咲いていました。
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本殿を参拝。
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次、女性陣が花の寺「勝持寺」に寄りました。
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この前の桜も満開でした。
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山道に入り、1時間半程で目当ての「炭の谷」につきました。
名前の由来は炭小屋があったと!
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ついでに「Nの谷」にも寄りました。
名前の由来はNHK,NTTの電波塔の近くだから!
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ここも、カタクリの群生が素晴らしい!
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ボランティアガイドさんが説明をしていました。
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NHKのテレビ塔の横で昼食。
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ここに、小塩山の最高点(642m)の標識!
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食後は下った所に淳和天皇 大原野西嶺上陵に寄りました。
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淳和天皇は第53代で父君は桓武天皇。兄上に平城・嵯峨天皇。
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下りは天皇陵道で南春日町に向かい、途中「正法寺」に入山料300円
で立派な庭園を見学。
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桜も満開でした。
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寺内の良く整備されていました。
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水琴窟もありました。
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外にも芝桜のモニメント!
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遍照塔は京都市有形文化財。
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灰方バス停から東向日町に戻り17時に解散。
花をを観て、良いハイキングでした。

伊勢国へバスツアー

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29日「戦国武将の生き方に学ぶ」クラスのバスツアーに参加。
8:00に森ノ宮駅近くに23名(1名は昼食のみ)が集合して、
バスで椿大社・伊勢亀山城跡・関宿と伊勢の名所探訪して
19:30に無事、森ノ宮に戻ってきました。
高速で名阪上野忍者ドライブインでトイレ休憩。
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再びバスで最初の目的地、鈴鹿山麓の椿大神社(つばきおおかみやしろ)
向かいました。
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椿大神社は主神「猿田彦大神」等で別宮に妻「細女命」(あめのうずめ)祭祀。
神話の世界で「伊勢国一の宮」に列せられた。
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細女は「岩戸隠れ」の伝説などに登場する芸能の女神であり、日本最古の踊り子で芸能の上達
縁結びの神。
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松下幸之助神社がありました。
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拝観後は「柿安本店」で昼食。
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豪華なお膳が出ました。
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皆さん、飲み過ぎ!
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メインは伊賀牛!のすき焼き。
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デザートも出ました。
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食後はみやげの餃子を「新味覚本展」で購入。
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次の目的地「伊勢亀山城跡」
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伊勢亀山城は伊勢平氏の流れをくむ関実忠によって築城。
江戸時代初頭には丹波亀山城の天守を解体するよう命じられた堀尾忠晴の
間違いによって、天守を取り壊された。
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残されている多聞櫓は正保年間に建てられ、多くの城主が変わったが
石川氏が明治を迎えた。
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最後の探索は東海道五十三次の47番目の宿場である「関宿」
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東の追分から西の追分までの約1.8キロメートルにわたり、
伝統的な町家が200棟以上現存するなど保存され、
国の重要伝統的建造物群保存地区と日本の道100選に選定。
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「会津屋」は旅籠であったの説明。
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古くから関の地蔵と呼ばれて信仰。
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30分程の散策。
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散策後は、道の駅・ドライブインで休憩して出発地の森ノ宮に帰着。
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春が来た!

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25日、いつもの散歩コース「玉川の里」を散策しました。
本日は、意外と温かい日で玉川の疎水をを歩くと春を感じました。
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ボランティアさんが手入れした面白い作品を見ました。
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近くには、チュウリップも満開寸前。
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畑には菜の花が満開!
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桜のトンネルは今一でしたが!
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早咲きの桜は満開!
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一部では、ソメイヨシノが開花!
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多くの花々が咲き始めました。
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ボランティアさんの花壇にも花が一杯。
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大坂夏の陣

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21日、「戦国武将の生き方に学ぶ科」リーダーの案内で大坂夏の陣における
激戦のひとつ、道明寺の戦いの舞台を巡る、後藤又兵衞と大坂の陣戦跡コース
2万歩、13キロを歩きました。
10時にスタートの河内国分駅を9名が集合して、玉手山に向かいました。
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国分は奈良街道の重要な地点でした。
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お地蔵さんがあります。
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大和川沿いから山道に入りました。
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登った所に片山地区の鎮守としての片山神社。
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大坂夏の陣の火ぶたを切った戦いの「小松山古戦場場石碑」
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頂上からは国分の町並み。
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玉手山3号墳は前方後円墳で多くの墓が有り。
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「後藤又兵衞の碑」小松山の合戦に参戦し、討死した。
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横には後藤又兵衞のしだれ桜。
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玉手山公園を下山した所に早咲きの桜!
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有形文化財の石川橋を渡りました。
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石川を渡った所が道明寺駅で道明寺合戦記念碑。
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道明寺天満宮前で昼食。
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昼食後は東高野街道を歩き畑の中に秀頼に仕えた薄田隼人の墓。
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近くには南北朝時代からたびたび戦場になった誉田八幡宮。
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近くには、国内第2の前方後円墳の応神天皇陵。
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応神天皇は第15代で仁徳天皇の父君。
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この付近古墳だれけで古室山に登りました。
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道明寺に戻りました。
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隣は道明寺天満宮で土師の子孫である、菅原道真を蔡神。
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梅は終わっていましたが、近くに「修羅」レプリカですが近くで見つかった。
現物は「近つ飛鳥館」
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再び、道明寺駅に戻り解散。

修学旅行は近江八幡~佐川美術館

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15日は、8:30に41名が森ノ宮駅に集合してバスで滋賀県に向かいました。
近江八幡を散策して、昼食は近江牛のすき焼きを頂き、最後は佐川美術館で
平山郁夫展等を観賞、17:30に森ノ宮に戻りました。
貸し切りバスで近江八幡に向かいました。
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二時間程で近江八幡に着き、ボランティアガイドさんの案内で市内散策。
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駐車場の横は旧伴家住宅、郷土資料館。
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前の道は江戸時代の京街道(朝鮮人街道)中山道を避けて朝鮮通信史が
江戸幕府に訪問した街道で滋賀県内に残っている。
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昔の家並みが残る、新町通り。
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旧西川家住宅。
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各家には、松の木があり下から重要なお客様の入口だったと!
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近くに時代劇のロケ地、八町堀。
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千年以上の歴史を誇る日牟禮八幡宮。
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神社の前のバームクーヘン屋さん。
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横には「日野菜」の漬物屋さん。
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次は昼食タイムは西川の牛肉。
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近江牛のすき焼き定食。
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食後はバスで「鮎家の郷」でお土産タイム。
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対岸の比良山には雪が残っていました。
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反面、庭は春の模様。
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梅の花も満開。
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小さな花も!
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最後の訪問は、佐川美術館で竹中工務店の設計施工。
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展示は平山郁夫展でしたが、写真はダメ。
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17:30に森ノ宮に戻り。仲間と近所の飲み屋で反省会。

天王山から長岡天神ハイキング

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12日ハイキング仲間4名がJR山崎駅に9:30に集合して、天王山~柳谷観音~長岡天神迄
22千歩、13キロをウオーク、途中昨秋の台風の影響で道が寸断していましたが、
予定通り12時に柳谷観音に到着しました。
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禁門の変、真木和泉守の墓。
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三社神社。
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酒解神社。
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途中の台風の爪痕。
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道が変わっていましたが、一時間で天王山頂上に到着。
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途中、通行止めの標識がありましたが、柳谷観音に進みました。
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ここも、台風の痕跡。
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最後は、長岡天神に、
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今が見ごころか!
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紅梅。
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白梅。
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階段を降りて長岡天神駅に、
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駅前で恒例の乾杯後解散。

灘酒蔵巡り

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12日いつもハイキングメンバー5名が10時にJR灘駅に集合。
久しぶりの好天に恵まれ、海沿いに有る、
沢の鶴・白鶴・菊正宗の酒造資料館を見学と近隣の施設を散策。
最終地はJR住吉駅迄2万歩、12キロの散策後は大阪駅に戻り
恒例の乾杯で終了しました。
灘駅の近くの敏馬神社で参拝。
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神戸市で最も古い神社の一つです。
素盞嗚尊を主祭神。
神内には柿本人麻呂の歌「玉藻刈る 敏馬を過ぎて 夏草の 野島の崎へ 舟近づきぬ」歌碑が。
この句から敏馬神社された!
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正面から出ました。
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県立美術館の面白い外壁。
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次は、沢の鶴酒造資料館に向かいました。
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昔の製造機材が配置。
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美人画のパンフレット!
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ここで、無料の試飲。
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西国浜街道に沿って東に向かいました。
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お昼も近づき予約していた甲南武庫の郷に。
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千円のランチを頂きました。
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庭内は整備されていました。
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梅が満開。
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隣のお土産館にも寄りました。
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次は、近くの処女塚古墳(おとめ)に頂上に石碑。
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阪神芦屋駅に向かいました。
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神功皇后が朝鮮半島に出兵した帰り、化粧のため姿を映したところ、鮮やかに映し出されたため「御影」の地名がついたと伝説されている井戸で今も絶えることなくこんこんと湧き出ている霊泉。
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次は、南下して白鶴酒造館に。
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ここも、昔の機材が展示。
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ここにも、美人画のパンフレット。
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高級のお酒。
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昔の座敷を人形で再現。
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最後は、菊正宗に向かいました。
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ここにも、美人画のパンフレット。
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珍しい水車小屋。
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住吉川沿いを北上すると公園に梅が満開。
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近くに倚松庵。
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本日は閉店ですが、谷崎潤一郎が居住し、松子夫人やその妹たちをモデルとした小説「細雪」の舞台となりました。
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ここで、酒造巡りは終了しJR住吉駅から大阪駅に戻りました。

新春ウォーキング(大阪七福神巡り)

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8日、新春ハイキングは大阪南のおめでたい七福神にしました。
11時にいつものメンバー5名が11時JR天王寺駅に集合。
今回は四天王寺の布袋尊を起点に時計回り、今宮戎神社の恵比寿
大国主神社の大黒天、大乗坊の毘沙門天、法案寺の弁財天、長久寺の福禄寿
三光神社の寿老人と廻り、最後は梅田で新年会。
3時間、10キロのウォーキングを楽しみました。
スタートしたらすぐに四天王寺の石の鳥居。
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すぐ、右に聖徳太子の母君のちち布袋尊。
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多くの女性が参拝、乳がん防止。
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次は西の今宮神社10日戎で道路はごった返しでした。
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ちょうど、福娘の登場に出くわしました。
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更に、西に向かうと大国天の大国主神社。
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難波近くで昼食して日本橋内、毘沙門天の大乗寺は小さな寺でした。
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道頓堀近くの弁財天の法案寺。
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これが弁財天様です。
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更に東に進むと小さなビルの中に福禄寿の長久寺。
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最後は、真田幸村で有名な寿老人の三光神社。
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ここで、大阪七福神巡りは終了。
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環状線で梅田に戻り、いつもの店で新年会
良い、一日でした。

忘年会ウォーク

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18日、いつものハイキング仲間(1名欠席)が11時にJR天満駅に集合。
大阪城に向かい、陸軍第四師団跡の、ミライザでランチを取り、大阪城
に入場して大阪を四方を眺めた後は中之島を通り、駅前第三棟で忘年会。
源八橋を渡りました。
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OBP(ホテル・事務所・住宅)の眺め!
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観光船にも出会いました。
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対岸は造幣局。
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藤田観光の庭園は台風で閉鎖。
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京橋口の入口に明治天皇碑。
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大阪城内を走る車、乗っているのは外人さん!
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桃園を横切ります、ここは大阪女子マラソンコースです。
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青屋門から城内に、
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内堀には観光の船。
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極楽橋を渡りました。
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徳川時代の石垣。
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豊臣秀頼・淀君の自刃碑。
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大林組の神社?
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公園内を散策。
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ここにも、明治天皇碑。
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ミライザの入口。
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ここからの大阪城。
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昼食はバイキングスタイル。
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600円を払い大阪城に入りました。
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城内は📷禁止。鯱は撮れました。
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屋上からは市内が一望。
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南のハルカス。
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大手門から出ました。
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大阪府庁の横には東町奉行所跡碑。
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熊野街道の起点碑。
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ここにも、五代友厚の造像が証券会社の一階にありました。
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最後は花ごころで忘年会。
10キロのウォークでした!





太陽の塔内部公開に参加

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8日学校の仲間10名がインターネットで応募した太陽の塔に参加。
14時に重合して200円で入園。
1970年6421万人を集め戦後最大のイベントになりましたが、当時は内部に入るのに
6時間待ち、当然入れませんでしたので今回は楽しみにしていました。
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内部は700円で一時間のコースです。
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地下の入口から入りました。
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岡本太郎がプロジューサーした太陽の塔はお祭広場の天井で出れた。(当時の写真)
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太陽の塔の空間構造(当時はエスカレーターが設置されていた、現在は階段)
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入口を入ると地底の太陽ゾーン(2018年に復元された)📷禁止でインターネットから(以下も)
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生命の樹ゾーン(41mに単細胞からクロマニョン人迄)インターネットから
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30m地点の腕の地点まで行けました。
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階段に位置には当時はエスカレーターが有、外部に出れた。
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天井です。
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見学後はエキスポシティの日本一(123m)観覧車に乗りました。
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北は北摂の山々!
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南は大阪方面!
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タクシーで移動し吹田の蕎麦しゃぶ会席の夕食。
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〆は蕎麦しゃぶ。
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食後は相川駅から帰宅。
いい経験をしました。

談山神社~飛鳥ハイキング

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13日、いつものハイキング仲間(1名欠席)が9:45に近鉄桜井駅に集合。
バスで談山神社に向かいました、ハイカーと紅葉狩りでバス内は満員。
何度も来ていますが、秋に来るのは初めてでした神社内拝観後は飛鳥駅迄の
ハイキング2万歩13キロを歩き、秋を楽しまました。
バスを降りて談山神社に向かいました。
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500円払い入場。
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紅葉のグラデーションが広がります。
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神廟拝所に入りました。
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室内。
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次に有名な十三重塔(重文)
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本殿に入りました。
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内部には藤原鎌足像。
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談山(かたらいやま)に向かいました。
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中大兄皇子と中臣鎌足が大化の改新の談合をした場所との説明。
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次に御破裂山(607m)に向かいました。
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鎌足公の墓所。
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ここで、昼食し明日香に向かいました。
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ハイキングコース内にお地蔵さん。
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冬野川沿いにひなびた神社。
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集会場!
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石舞台に到着。
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能舞台場。
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飛鳥歩道に向かいました。
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聖徳太子生誕地とされている橘寺。
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前は川原寺跡地(礎石群のみ)。
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遊歩道に亀石。
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天武・持統天皇檜隈大内陵。
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天武天皇は40代、持統天皇は41代で本当に石棺がありました。
北には藤原京を見渡しています。
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近くには鬼の俎板・雪隠ここも宮内庁管轄です。
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飛鳥駅に到着。
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鶴橋駅で、帰宅。